私は孤独を愛する寂しん坊だ。
時折、面倒くさい(いわゆる繊細な)ところがあり、自分でも扱いにくいと思うことがある。
母のことや仕事のことで、閉塞感で息が詰まりそうな時、主人の側にいると本当に安らぐ。主人は私にとってとてもありがたい存在だ。日頃は寝室を別にしている私達だが、辛いときや寂しいときには主人の寝室に泊めてもらう。まるで神頼みのようだ。
主人が早朝出勤する時は、離れたくなくて駄々をこねると「いつも一緒にいるよ」と囁いてくれる。初めて言われた時は「いつも一緒」の意味がわからなかったが、段々と理解できるようになった。私の心の中にきちんと主人の居場所があって、そこに居るのを忘れないで、と言う意味なのだ。私は何故か、主人がそこ(心の中)にいる事を忘れて寂しく感じることがある。
どうやら主人は、主人の心の中にいる私をいつも忘れないらしい。
亡くなった人だけが心の中にいるのではなく、今を生きている人も心の中に住んでいる。主人とのやりとりで、そんな事を思った。
昨日は主人と一緒に、隠れ家的レストランでディナーとクリスマスコンサートを楽しんだ。会場の設えが異なっていたため仕方ないのだが、通常のゆとりある空間でのディナーの方が好みだった。今度はまたゆっくり再訪することにして、ひとまずJAZZに耳を傾けた。
忙しい最中でも夫婦の時間を大切にしたい。