美しい月に出逢う旅

~私という自然を生きる~

新しい始まり

新しい始まりの朝。

久しぶりに6時に起床した。

 

ここ最近は日常生活に向き合うことが辛くて、ギリギリまでベッドから起き上がれなかった。楽しいことなんかない。だって母がいない。考えたくない。この三段論法が脳裏を離れず、現実逃避してどのくらい経つだろう。

 

新しい始まりの朝。

今日を生きよう。

桜咲くこの特別な日に

誰のためでもなく

自分自身のために前進したい

母が逢いにきてくれたお陰で

じんわりと前進したいと思う気持ちが芽生えてきた

 

私が哀しいから

私が寂しいから

どうしても泣いてしまうと思っていたが

母が元気な姿で逢いにきてくれたお陰で

私が「母を心配しているから」辛いのだと気づいた

 

母が寂しい思いをしていないか

母が弱っていないか

それが一番気がかりだったのだ

 

昨日の特別な日を選んで

母が元気な姿で逢いに来てくれたお陰で

私はそのことに気づくことができた

ありがとう

ありがとう

 

私は私自身の人生を生きる

私のために生きる

 

それが結果として

母を喜ばせることになれたなら

嬉しさは2倍かそれ以上になる

 

母もそんな風に

精一杯自分の人生を生きたのだ

私もそう生きていきたい

 

 

 

2024.03.29帰郷の記録

大病院の面会が、時間制限付きで解除になった。

平日に休暇を頂き、実家に帰郷し父のお見舞いにも出向いた。すっかり遅くなってしまったが、その一部を公開したい。

 

面会日の当日、驚いたことに父は私を看護士さんに紹介する気遣いをみせた。入院状況をかなり理解していて少し安堵した。

しかし、看護士さんが立ち去った後で「それぞれ(家族とプライベートで)秘密の話があるから離れてくれるんだよ」と言い、少し「ん?」と感じ始めた。

 

「木戸番がいるからお金持ってきた?」と聞かれて驚いた。父はお金を払えば退院できると思っている!しかも木戸番?まるで江戸時代のようだ。確かに父は時代劇が好きだけど‥なんだか時代錯誤になっているようだ。話を合わせながらも、できるだけ現代に近づけていく私。何とか宥めすかして理解してもらう。

 

自分の興味ある話題は会話が続くけれど、それ以外の話題は一方通行で、すぐに別の話題を持ち込んでくる。こちらがついて行けなくてもお構いなし。こんなところが脳細胞の一部欠損を感じさせる。切ないけれど仕方がない。

 

優しく楽しく微笑みを絶やさず。

父はたくさん話をしてくれるので、これはこれでなんとかなった。きっと今日はかなり疲れるから、ゆっくり熟睡できることだろう。別れの時間がやってきて、少し離れて手を振ったとき、バイバイしている父がまるで幼子のようで可愛かった。

 

またすぐに会いに来たい!

そう思ったけれど、現実的には仕事が休めずもう数週間が経ってしまった。面会には日時制約があるため、チャンスの幅が狭過ぎてどうにもならないのだ。

 

また、その間も母の法事関係の打合せが多々あり、それらは待ってくれないため父の優先順位が下がってしまう。本当に父には申し訳ない。後でなんとか埋め合わせをしたい。

 

お父さん、今頃どうしているかしら‥

今日もこれから実家に戻り、お母さんの用事を着々と進めていくから安心してね。

 

お母さんが逢いにきてくれた!

ここしばらく、お休みの日は予定を入れなかった。どうしても必要な法事関係のみ、やっとの思いで対処していた。

どうしても気分が沈み込むから、予定を入れても当日どうなるかわからない。そのため、何かを計画する気持ちになれず、今日も朝から三度寝(!)をしていた。

 

そうしたら。

なんと三度寝の最後に、お母さんが逢いにきてくれたのだ!

 

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夢の中でも私は居間で昼寝をしていたようで(汗)、ベランダから誰かが入ってくる気配を感じた。バスタオルとか少し大きめの洗濯物を取り込んで、そっと入室したきたのは母だった。それに気づいた時は寝ぼけていて、ごく自然の日常に思えた。かつての実家暮らしはそんな風に平和そのものだったのだ。

それでも私はすぐに気づいた!(あれ?お母さん、どうしてこの世界にいるの?と。)

 

しかし、私がそのことに気づいたら、母は消えてしまうかも‥

素知らぬふりをしながら、恐る恐る母に話しかけてみた。「お母さん、ぎゅう(ハグ)して」すると母は快く「うん」と返事をしてくれた。ぎゅう(ハグ)しても母は消えなかった。しっかりした体つきで健康そのもの。見た目も若返っており(60代位)綺麗だったので、「お母さん、綺麗、若いね」と言葉に出してきちんと伝えた。

 

私はわかっていたのだ。

 

母がそんなに長くはここにいられないことを。伝えられる時を逃がしちゃいけない!

ぎゅう(ハグ)しているから、再び母の顔は見られなかったが、母の健康的な温もりはしっかり伝わって来た。「あぁ、母は今こんなに健康で元気なのだ!」と感動した。それが何より嬉しかった。きっとあちらの世界では、母はこんな姿で過ごしているはず。

 

そうして、しばらくぎゅう(ハグ)をしていたら、段々と感触が軽くなって薄れていき、目が覚めたら私は自分の身体を抱きしめて眠っていた。

 

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休日という運の良い日に母が来てくれたお陰で、先ほど主人とこの話をすぐに共有できた。主人は掃除機をかけている途中だったが、全てを放棄して私の話に付き合ってくれた。私は話しながら涙がこみ上げてしまい、主人の胸を借りて泣きながら話した。主人もしっかり受け止めてくれたことで、私は最高に幸せになれた。

 

‥母が旅立ってから。

息子の元にはすぐに現れたのに、私のところへはなかなか逢いに来てくれなかった母。しかし、今日は法事の上で特別な日なので、母が選んで来てくれたのではないかと思う。時刻をみたら、母が旅立った時間とほぼ同時刻だった。

逢いにきてくれてありがとう、お母さん。

 

仲良し夫婦が好き

私は仲良し夫婦が好き。

仲良しのエピソードや慈しみ合っている姿に心打たれる。夫婦って不思議だ。元々は他人なのに、法律で守られるほど誰よりも身近な存在になる。であれば、仲良くなるほど人生が楽しくなるのは明白だ。

 

私は20代で結婚し、離婚を経て20年間独身を貫いた。亡き母に言わせれば、相当苦労したらしい。というのも、私は過ぎたことは忘れるタイプで、基本的には前進姿勢だからあまり覚えていない。どんな状況でも人を羨ましく思わず、私もきっと幸せになれると信じていた。

 

どん底な時でも「夫婦の仲良し話」は大好物だったのだが、私自身が離婚しているからか、当時はなかなか仲良し話を話してくださる方がいなかった。稀にお話しを伺う機会があり、楽しそうにお聴きしていると、珍しいタイプですねと言われたりした。珍しいかしら?と首を傾げるばかりだった。

 

後々、何かの本で読んだのだけれど、何かの幸せな人を肯定できる人は、その何かが必ず自分にも訪れるのだと言う。自分も同じように幸せになった場合、自らそれを肯定できるから。幸せな人を妬んだり否定したりする人は、自分が幸せになった場合、自らを否定することになるので永遠に手に入らないのだそうだ。確かに!と思った。

野生の勘でそう悟っていただけの私だったが、間違っていなかったようでありがたい。

 

世の中は広い。

私なんかよりも、もっともっと幸せなエピソードを持つご夫婦がいらっしゃる。ぜひ色々な仲良し夫婦のお話しをお聴きしたいと思う。

 

そう言えば、たまたま知ったのだけれど「髭さんとBB軍曹さん」の漫画が面白い。我が夫婦に似ており、くすりと笑えるエピソードが多い。時折り読ませて頂いているので、この場を借りてお礼をお伝えしたい。

楽しいお話しをありがとうございます。

やる気が出ない

なんとも残念なお題‥

でも、どうしてもやる気が出ない朝がある。

 

昨日は主人と楽しく過ごせたので、本来なら元気いっぱいのはずなのに。母が旅立ってからどうにもコントロール不能の朝がある。

皆さんはどんな風に乗り越えていらっしゃるのか。検索しても、もちろん一発回答はなく、ただ時間が過ぎるのをじっと待っているかのようである。だから「時薬」というのだろう。

 

今朝は長崎土産の枇杷茶をいただく。

 

約1年半前に長崎を旅した際、自分で購入したもの。どなたかに差し上げても良かったのだけれど、多めに購入したのでひとつだけ手元に残った。賞味期限は今年の8月になっている。

 

動き出せばなんとかなる。

今日も穏やかに過ごせますように。

 

黒の持ち物

今回、改めて「黒の持ち物」について考えさせられた。

(運の良いことに)不祝儀に立ち会う機会が本当に少なく、常識とされている事柄にも疎い私。私の持ち物や知識では太刀打ちできないことが多くなってきたのを実感する。

 

まず、喪服。

私の喪服は母の実妹の形見分けでいただいたもの。もう30年近くになるが、ずっと大切にしてきたから今でも現役なのだ。しかしジョーゼット素材で薄手だし、今回は喪主側として振舞う必要があるから、法事の直前に新調することにした。襟にフリルをあしらった落ち着いたジバンシーと可愛らしいピエールカルダンで悩んだが、主人の薦めもあり後者にした。私らしい雰囲気があり今はとても気に入っている。

 

また、お念珠とカバー。

今回、デパートにて初購入した。アテンド上手な素敵な店員さんが、事細かに説明してくださった。お陰で少し珍しいタイプ(今は生産量が少ないとのこと)のお念珠とその絹房と同色のカバーを購入することができた。後ほど調べたら素材は珊瑚が良いようなので、ゆくゆくはもう一つ手に入れることになるかもしれないと思う。

クリスタルのクリアと擦り加工が交互に配置されている。カバーも色々あったけれど、まるで誂えたように色使いが一致している地模様のカバーにした。

 

靴とバッグ。

靴はアンリーフの黒を新調した。本来は布製が良いとされているが、実用向きではないことと雨の場合の対処に困ったため、飾り気のないスムース革にした。バッグは30年以上前に購入したモアレ生地のクラッチ。確か披露宴にお呼ばれした際に手に入れたもの。必要に迫られ急いで探した割には、かなり気に入ったものが見つかり大切にしている。

かっちりしたタイプ。やや台形で厚みは最大幅6cm。銀座カネマツのもの。意外にも靴ブランドで良いバッグが見つかったりするのでお薦めです。

 

和装の喪服。

母が用意してくれた5つ紋の喪服。ついに出番がきてしまった。小物が見つからずレンタルも駆使した。もちろん事前に確認しておくべきだったのだが、母の入院中にはとてもそんな気になれなかった。

 

ざっくりと記述したが、これらは全て黒。

 

これ以外にも、コートや傘、手袋やストールなどもいる。季節によっても必要なものが変わるから、黒小物は本当に大切だと身に染みて感じた。これまではあり合わせでも済んでいたけれど、身内も高齢化が進んでいるから皆が健康でいるうちに準備しておくのが良いと思う。切ない話ではある‥

 

私は気に入ったものを大切に長く持ちたいから、探すのに時間を要する。デパートに出向いた際はいつも気に留めておかないといけない。

また、ほとんどの方がそうされているかもしれないが、黒系一式はひとまとめにして、特別保管しておこうと思う。