美しい月に出逢う旅

~私という自然を生きる~

人生は平日にある

今週の平日は今日がラスト。

早く帰宅できる週間のため、予め毎日何かしらの私的用事を入れていた。仕事以外に何かを抱えていると疲労感は半端ないが、気になっている煩雑事務が消化されていくとストレス解消(?)になる。ざっと思い出せるのはこんな感じ。順不同。

 

自己啓発(zoom相談)

・確定申告の事務仕上げと保険書類作成

・税務署に徒歩で投函(1万歩達成☆彡)

・銀行(2行)記帳

・デパートで春のカーディガン購入

・眼科検診とコンタクト新調(90分)

・食材の買い出し

docomo相談予約(母代理)

・大病院問合せ(母代理)

 

さすがに通勤以外で、徒歩1万歩(90分)は疲労を感じた。しかし、往復で通路を変えたことで、大きな公園を迂回せずに通過できる秘密の道(笑)を発見したり、ひっそりと佇む、学問の神様を祭る小さな神社でお参りができた。小さな冒険は日常生活に彩りを添える。今後も小さな冒険をしていこう!と心に決めた。

 

人生は平日にある

 

ハレの日とケの日。どちらが大事という話ではないが、日々の埋もれた時間の中にその人の人生があると思っている。毎日会う家族や職場、道端の花。それが我が人生だ。だからこそ、平日を充実させる力を持ちたいと願う。もちろん、旅行やイベントも大好きで早くから楽しみにしているが、実のある人生にするためには平日に注目したい。

 

 

 

未来予想図

その感覚は、昨日の出勤時に突然降ってきた。

この5年間は人生の大転換期になる、と。

 

思えば再婚して以来、ここ10年近くはとても平和だった。

もちろん、私や息子の転職をはじめ、細かい心配事は枚挙にいとまはないが、それとは性質の違う何かを迎える時期だと思った。私は「時間軸」を重視しているので、「精神軸」だけでなく何かがじわっと訪れる気配を悟ることがある。

 

・両親との残された時間

・息子の結婚

・主人の退職

・私の退職

・弟の第二の人生

 

大きく見積もって、おそらく家族全員のステージが変わる時期の到来。予想図でしかないが、大規模の改編(?)期と捉えて間違いない。

 

その時、私はどうする?

 

これを静かに考えたい。

日々の細かな考え事も多いけれど、大局を掴むことを意識しよう。そして、準備できることや心の整理はしっかりと備えておきたい。(それでも、足りないのが人生であろうけれど…)

 

 

早朝ウォーク

毎朝「桃の花」の美しさに癒されている。

もう散り際になってしまったが、なんとも美しい。これまで春と言えば、梅と桜を追いかけていたが、今後は桃も麗しく鑑賞したいと思う。

 

さて。

発端は主人のこの一言だった。

「季節が良くなってきたから早朝ウォークに出ようと思うんだ」

主人は早朝にジムに通う強者なので、そう言いだすのは容易に想像できる。気が乗れば4:00に出かけることもある(そのため24時間稼働ジムに加入している)。

 

私も、せっかく5:00起床にしているわけだし、何しろこれからは「健康第一」なので同意した。主人は強制はしないが、いつも良い提案をするので大抵同意することになる。どの位の時間をどの頻度で行うか、厳密には決めていない。

 

私は今のブログ生活も気に入っているので手放したくない。文章を書くことは娯楽の一種で、とても癒される。制限や制約はないし、自由気ままだ。現在の状況分析にはもちろん、過去にも未来にも心を飛ばせる点がとても気に入っている。

 

今のところ心の中では、1日1時間程度を週3日くらいと考えている。人生を土台から支えるためには、長期スパンで考えることが大切。老化は足腰からと言うのが定番だし、何はともあれそこは押さえておきたい。というわけで、「目標と軸」から分家を作り、自分を保護する(?)ことにした。ISOのように、最初にバッチリ目次を作ることで整然としたブログになるかも…とも思うが、何事もやりすぎると「業務」になってしまう。

 

ゆるっとしたブログでいたい。

 

自分の性格改善(?)のためにも、やりすぎずほどほどにする。

そして、願わくば長く続けたい。

 

 

 

図式管理とメモ帳

早速、朝の続きである。

私はアイディアが浮かぶとラフに落とす。クリエイティブ職の名残で、私は図式に落とすと頭に入りやすくなるのだ。

 

現在、クライアントは一覧表管理をしている。

必須作業なので、それを個人的にも活用していたがどうにも頭に入らない。当たり前だが、突出した個性がない場合、100件もの内容を全て覚えることは不可能だ。そこで、今回のラフでは3ブロックに編成。「3つ(ABC)」のカテゴリーに区分けする。さらに、それを「上下に2分割」。上)は順調な流れにのれるクライアント、下)は基礎工事が必要なクライアント。

 

〇〇〇商事   「A上」 (優良で順調)

△△△株式会社 「B下」 (中位で基礎工事必要)

 

こうしておくことで、覚えやすく問題点の把握がしやすい。一度の対応で全て見抜くのは難儀なので、これを3回までに把握することとした。そして、「上下」を差別化してやるべきことを一元化する。特に、「基礎工事」は時間も対応も大がかりなので、別のフローを作成中。粗々のラフは完成している。

また、クライアントが問題にしたい点(X)と、気づいていないが問題にせねばならない点(Y)とする。対応時には必ずその2点を押さえて、フィードバックするスタイルを作りたい。

 

全5~10回で成功事例を1つ完成させる。

これを1クール化していく。

 

図式が頭に入ったら、今度はメモ帳の出番。

「ABC」毎に「上下」のページを作る。そして企業を仕訳ける。大きなトピックはその都度メモ。成功事例が出るまでの粗々をここで進捗管理。詳細記録は1回の対応ごとにPC管理のため、その詳細をメモ帳に書く必要はない。自分で思い出す程度に留めるのがポイント(この作業自体が苦しくならないよう注意!)。

 

※「3つ(ABC)」の区分けには、それぞれに意味づけがある。記述しにくいため、どうぞご想像ください(汗)

 

 

今日の隙間時間にこれらを実践してみた。

なんとなく形になりそう。後々の報告でも役に立ちそうな気がする。実は私は人の名前と顔を覚えるのが非常に苦手。現在この克服方法が知りたいので、今度ググってみようかなと考えている。

 

今回はここまで。

 

 

来期に向けてつらつらと

新しいカテゴリーを追加することにした。

せっかくT氏から助言を頂いたのだから、それを具体化したり戦略を練ったりしたい。このカテゴリーは「単なるメモ」でしかないので、修正したり変更したり、はたまた使わなかったりするかもしれない。ゆるっとした目線でご覧ください(汗)

 

まず前提として、これは決して良い意味で言うのではないが、私は仕事に関して一定の成果が出せる。これまで正社員として5つの職種を経験したが、一度習得してしまえば難なくこなすことができる。そのため、ノウハウを考えたりマニュアル化することなく済んでしまった。新卒入社こそ大企業だったが、その後は中小企業だったため報告なども甘く、私自身がどうすれば良いか解っていればよいという仕事ぶりだった。上も上だが私も私。

 

しかし、今の職はかなりの激務。量も質も求められる上に営業的要素も濃い。同僚や先輩も百戦錬磨が揃っているが「こんなに激務だとは思わなかった」と口を揃える。傍から見るのと現場を預かるのでは、雲泥の差がある職場なのだ。

 

前置きが長くなったが、来期は戦略的に考えたい。

これまではクライエント・ファーストで進めてきたが、段々身が持たなくなってきた。自分の首を絞めるやり方は長くは続かない。これまで何とかやってきたが、評価制度が変わってきたこともあって英断した。ここに記述できるかどうかは工夫次第だが、良いアイディアは忘れたくないので、暗号(記号?)を使って記すとか?まるで謎解きブログのようになってしまったらどうしよう(笑)

 

ひとまず今朝頭に浮かんだことは「将棋」だった。

駒をどう動かすか、様々な動線や相性を考えて配置を決める。

 

これを応用して、誰に何を頼むか、予め目星を立てておくのはどうだろう。もちろん頼んだ時に好感を持ってもらえるよう、日々の心配りも忘れてはならない。

また、クライアントに関わる回数をある程度、制限する。1回の成功事例が大きくその後を左右するから、そこまでは一気に畳み掛ける。その一方、成果が出た後は成功事例が経験となってクライアント自身が自律的に進められる点が多いから、少し手を緩めるのもアリだ。その間、別の案件に力を尽くすことができる。これまで、対応時の緩急に注意を払ってきたが、全体のフェーズ毎の緩急も意識してみよう。これまでは基本的にクライエント自身にマイルストーン設定を依頼していたが、私が内々にパターン分析しておくのもよい。早速、仮のフローチャートを作成してみることにしようと思う。

 

今回はここまでメモ。

 

 

いつもの毎日がやってくる

ひとり時間が今日の16:00で終了した。

主人が笑顔で帰宅したからだ。

 

とあるミッションを終えた主人の喜びを、私も心から共感し笑顔で応えた。こうして、人生を分かち合える人がいることは本当に幸せだ。ひとり時間も贅沢で、癒されるひとときであることは間違いないが、もともとは他人同士が一緒に暮らし、夫婦として過ごす時間は奇跡に等しいと私は考えている。

 

お祝いしようという主人の提案で、外食することになった。

18:00にはもう、美しい月が輝いていた。こうして一緒に歩くだけで、私にとってはデート気分。言葉はなくとも心は通じている。こんな、静かな時間が大好きなのだ。

 

今日のひとり時間のメインは確定申告。

諸々の資料を片手に計算したり入力したり。難しいことは一切ないが、資料を整理していなかったために3時間近くもかかってしまった。それ以外は、録画を鑑賞したり断捨離したり。大きな出来事もなく静かに過ごした1日だった。

 

さぁ!明日から、いつもの毎日がやってくる。

新しい手帳で明日の確認をしながら、次の休日に思いを馳せる。日々を大切に過ごすこと。それが何より一番大事。

 

 

共感についての考察

ランチをしながら情報収集をしていたら、「共感」についての記事を目にした。

個性的な視点で書かれており悪い印象はない。しかし、幾つか拝読していくにつれ、奇妙なバイアスを感じたので、ここに記しておく。

 

「共感の強制について」がテーマだった。

日本は同調圧力という見えない強制力があり私も好きではない。そして、私が真に共感できる人間かといったら、未熟さ故にそうとも言えないと思う。

 

しかし、自分は共感を求めないし、求める方がどうなの?と言いつつ、(とある事で)他者から認められて感動したというのはどうなのか?と思う。その感動は共感が生んだものに他ならないからだ。共感とは、そもそもが強制されてするものではないが「相手の気持ちになり(あたかも)その人の性格で環境で考え方で、同じように感じる、それをありのまま受け入れること」である。そうしてくれる人が傍にいるだけで、本人は自分自身に向き合うことができる。その瞬間がギフト(感動を生むこと)なのだと私は解釈している。

 

私自身も自戒の念を込めて書くが、自分の考えが一番正しいわけじゃない。

人は誰でも、自分の人生を賭けて習得したものをとても大切に想うものだ。だからこぞ、相手を尊重することが大切。相手を尊重すること=自分を下手(したて)にすること、ではない。

 

さらに、人が共感を求めていてもそれは普通。

なぜなら、共感を求めない場合は、だれにも話をする必要はないから。共感が必要ないものは胸に秘めたままでいる。誰かに何かを働きかけること(話すことなど)自体が、既に共感を求めていることになる。(自虐家でもない限り、拒否されたくて話をする人はいない。)人間は自分とは違う生き方や考えをもっている人に承認されることで、慰められたり満たされたりするものだ。

 

こんな風に考察してみると、性善説性悪説のように別の角度から進めていって、ゆくゆくは一緒の到達点に向かっているのかもしれないな、と思ったりする。

 

どうにも、自分の領域には手厳しくなる私。

まだまだ、修行が足りない。